「子育てが大変すぎて、もう限界!」
「どうして私ばかりこんなに辛いの?」
日々の育児に追われ、そんなふうに感じて自己嫌悪に陥ってしまうことはありませんか?
何を隠そう、昨日の私がまさにその状態でした。
昨日の私は、寝る前、妻に「もう抱っこしたくない」「もう声も聞きたくない」と本気で弱音を吐くほど、心身ともに疲弊しきっていたのです。
でも、本当に心から不思議なのですが、たった一晩寝て起きた今、昨日のあの大変だった1日を「あれもやっぱり幸せだったんだな」と、温かい気持ちで振り返ることができています。
この記事は、子育ての「大変さ」の真っ只中にいて幸せを見失いがちなあなたへ、日々の苦労が愛おしさに変わる「ある視点」についてお話しします。
娘はおもちゃ遊び、息子は旅へ
昨日は、家族総出でショッピングモールの遊び場へお出かけでした。
お買い物が目的ではなく、そこの子供の遊び場に行くためです。
4歳の娘とは1週間以上前から約束していました。
話題にしていなかったのに、3日前くらいから「楽しみで眠れな〜い!」と(どこで覚えてきたのか)言い出すほど心待ちにしていた娘。
到着するなり、おもちゃコーナーに一直線です。
ブロック、パズル、おままごとセット……。
家にはないおもちゃに娘は完全に集中モード。
こうなると親のことは目に入らず、1歳の息子は遊びを邪魔する存在です。
お姉ちゃんのことが大好きな息子は何度もおもちゃを取ろうとして、娘に「やめて!」「あっち行って!」と大きな声で怒られてしまいます。
何度か泣かされて姉と遊ぶことを諦めた息子は、そのままハイハイで自由な旅に出てしまいました。
遊んでいる娘は妻に任せ、私は息子のハイハイ旅に付き合うことにしました。
このときは、あんな地獄が待ち受けているとは思いもしませんでした……笑
「もう限界!」地獄の無限ループ
1歳の息子は、まさに自由人。
一番焦ったのは、談笑している他の親御さんを支えにして、つかまり立ちをしようとしたときです笑
その時は笑い事ではなく、「すみません!」と叫んで即座に引き剥がしましたが、今こうして思い出すと笑えてくるから不思議です。
幸い、そのお父さんたちは「かわいいね〜」と息子に話しかけてくれる優しい方々でした。
「自分の子供も同じ1歳なんです。」と穏やかな笑顔で話してくれたことに味を占めた息子は、何度でもそのお父さんのところへ寄っていきます。
私が何度抱っこして遠くに連れて行っても、磁石のように吸い寄せられていくのです。
最終的には、抱っこして連れ去ろうとすると、海老反りになって大声で泣き出す始末でした。
お父さんたちは笑って許してくれましたが、私は泣き叫ぶ息子を抱えるのと、申し訳なさで汗びっしょりでした。
その他にも、
・スッタフルームに入ろうとする
・登ってはいけない階段を登ろうとする
親が「やってほしくないこと」ばかり見事にやってのける息子。
その度に私は「すみません!」と謝りながら息子を抱き抱え、その場から逃走します。
やりたいことを止められた息子は泣き叫び、泣き終わるまで抱っこする……。
まさに、無限ループでした。
体力と精神がガリガリと削られていく私は、「頼むからもう余計なことはしないでくれ」という願いから、いつしか息子を抱っこしている時間の方が長くなっていました。
遊び疲れ、泣き疲れ、いつものお昼寝の時間も逃した息子はどんどん機嫌が悪くなり、抱っこの時間はさらに長引きます。
すでに11キロを超えている息子です。
少なくとも合計2時間以上は抱っこしていた私の肩、腕、手首、腰は完全に限界でした。
幸せは「渦中」では気づきにくい
やっとの思いで家に帰宅し、「さあ、お昼寝だ!」と一番喜んでいたのは、間違いなく私でしょう。
しかし、期待とは裏腹に、興奮していた娘は眠らず、眠たかったはずの息子も車で中途半端に寝てしまったせいで、家では1時間未満しか寝ませんでした。
疲労が限界だった私は、夜寝る前には冒頭のような「もう嫌だ!」という状態になっていた、というわけです。
でも、こうして思い出していると、「まあ悪くない1日だったな。」と思えるのです。
幸せというのは、幸せでいるときには気づきにくいものなのかもしれませんね。
息子が話しかけに行ったあのお父さんたちは、「なんか、私も息子と遊びたくなってきちゃったな」と笑顔で言ってくれました。
もしかしたら、私たちが「大変だ!地獄だ!」と思っていたあの姿も、周りの人たちからは「家族っていいな」と見えていたのかもしれません。
一晩明けた私自身が、そう思えるのですから。
あのお父さんたちの優しい眼差しや言葉は、私(たち親子)を受け入れてくれているように感じられました。
「大丈夫だよ。」「みんな同じだよ。」という連帯感を感じられる子育てコミュニティにいるような気がして、これもまた幸せなことだなと思いました。
「今しかない時間」という幸福
たくさん息子を抱っこして、たくさん話しかけた1日でした。
これが【人間関係の幸福】でなければ、なんだというのでしょう。
ふと思ったのですが、4歳の娘とは、もうこんな関わり方はなかなかできません。
お姉さんになった娘は、知らない人のところへ突進したりはしないでしょうし、人前で海老反りになって泣きながら抱っこされることもありません。
あのとんでもなく大変だった時間は、1歳の息子との「今しか体験できない時間」だったのですね。
「大変!」「もうやめて!」と思うばかりで、楽しめなかったのは少しもったいなかった気がします。
昨日は「もう嫌!」としか思えませんでしたが、振り返ってみると、こうして楽しい記憶に変わりました。
きっと子供たちが大きくなったときに、「あの頃は大変だったけど、本当に楽しかったね。」「私たちは子供を抱っこしなくても体が痛む歳になっちゃったね笑」なんて、妻と笑いながら話すのでしょう。
「幸せは失って初めて気づくもの」と言われることもありますが、それではあまりにもったいない。
子育ては本当に大変なことの連続です。
でも、私はやっぱり子供たちと遊ぶのが楽しいですし、こんな幸せをくれる子供達に感謝したいです。
昨日は、私が子供を遊びに「連れて行った」のではなく、子供がいないと絶対に行かない(行けない)場所に、「連れて行ってもらった」のかもしれません。
大変な毎日を「幸せ」に変える小さな習慣
もし今、あなたが育児や日々の生活で「大変だ」「もう嫌だ」と感じているなら、ぜひ一晩ぐっすり眠ってから(これが一番難しいかもしれませんが)、昨日を少しだけ振り返ってみませんか?
・寝る前に、今日の「大変だったけど、ちょっと笑えた瞬間」を一つだけ思い出してみる。
・スマホに残っている、何気ない子供の写真や動画を見返してみる。
渦中にいるときは「大変」という感情に飲み込まれて見えなくても、一歩引いてみると、そこには確かに「今しかない幸せ」が転がっているはずです。
大変な日々を一緒に乗り越えている皆さんにも、そんな「かけがえのない幸せ」がたくさんありますように。
皆さんは最近、子育てで「もう限界!」と思った日はありましたか?
きっとたくさんありますよね。
もしよければ、あなたの「大変だったけど愛おしい毎日」もコメントやX(旧Twitter)で教えてください。
もしかすると、あなたにとっての「大変な1日」も、記事の中のお父さんたちのように、どこかの誰かにとっては「微笑ましい」出来事として映るかもしれません。
大変な日を、幸せだった日に変えながら、今日もゆるく乗り切っていきましょー!