「最近、ご近所さんと立ち話をしましたか?」
忙しい毎日を送っていると、つい忘れがちになる地域の人々との交流。
少し前までの私も、ご近所付き合いは「挨拶する程度」で、少しだけ億劫に感じていた一人でした。
でも、近頃のご近所付き合いの中で、その考えは大きく変わってきています。
ご近所さんとの交流が、子どもの成長を驚くほど促し、そして私自身の心まで温かい幸福感で満たしてくれます。
「地域で子どもを育てる」なんて言うと煙たがられてしまうかもしれませんが、「これが普通にできていた一昔前は幸福度が高かったのかもしれない。」なんて思えた昨日のお話です。
始まりは一本の柿の木から
我が家がお借りしている畑に、立派な柿の木があります。
昨年からありがたいことに、そこの柿を自由に収穫させてもらっています。
自分たちで食べるのはもちろん、友人におすそ分けすると、とても喜ばれるのが密かな自慢です。
先日、畑を貸してくださっている方から、「今年は少し早めに取ってしまいたい。」と連絡がありました。
そこで昨日、私たち家族4人と、ご近所のおばあちゃん1人で、柿の収穫をすることになったのです。
娘を保育園に迎えに行き、急いで着替えをさせて畑へ向かうと、すでにおばあちゃんが脚立に登って作業を始めていました。
畑に出て「こんにちは!」と挨拶をすると、おばあちゃんから威勢のいい一言。
「おう!まだ青いのもいっぱいあるけど、取れるやつから取ってしまおう!」
このおばあちゃん、実はかなりのチャキチャキ系。
その勢いに、「もしかすると娘は怖がってしまうかもな。でも、それも良い経験か。」なんて、私は少しだけ心配していました。
「姉ちゃん、急げ急げ!」檄が飛び交う収穫祭
そんな私の心配をよそに、収穫は始まりました。
私が枝切り鋏で枝ごと柿を落とし、娘は下の方になっている柿をもいだり、私が落とした柿を箱まで運んだりする係です。
その箱も、おばあちゃんが「青い柿も取っちゃえば、追熟して赤くなるんじゃないか?」なんて言いながら、用意周到に準備してくれていました。
さすが、手慣れています。
娘がせっせと柿を運んでいると、さっそくおばあちゃんから檄が飛びます。
「ほれ、姉ちゃん!頑張って運びなー。急げ急げ!」
「姉ちゃん」なんて呼ぶのは、たくさんいるご近所さんの中でもこのおばあちゃんだけです笑
娘はどんな顔をしているだろう?と、そっと様子をうかがうと、なんとニコニコしながら楽しそうに柿を運んでいるではありませんか。
初めは「怖がるかも」と思っていた私の心配は全くの杞憂でした。
時間が経つにつれて、娘は自分からおばあちゃんの近くへ行くようになり、
「『姉ちゃん』じゃないよ、〇〇(娘の名前)だよ!」
と自己紹介しています。
おばあちゃんに「とってもまずいけど、この青いの食べてみるかい?」とからかわれると、
「ダメだよ!まずいのは毒だから死んじゃうよ!」
と笑顔で注意までして仲が良さそうです。
娘なりに、この交流を楽しんでいるようでした。
子供の素直さや適応力には驚かされます。
柿を運ぶたびに、「動きが速くてすごいねぇ。」「姉ちゃんが働き者で、私は動かなくていいから助かるよ。」と褒められる娘。
娘にとって、親である私の前で、他の大人からこんなに褒められるのは、あまりない経験かもしれません。
少なくとも私の記憶にはありません。
そんな娘は、なんだか少し誇らしげで、いつも以上に張り切っているように見えました。
そんな様子に私も嬉しくなり、枝を切る手に力が入りました。
小走りで、跳ねるように畑を駆け回る娘。
一つに結んだポニーテールは、いつもより高く、楽しそうに揺れていたと思います。
1歳児もマイペースに参加
まだ歩けない息子はベビーカーに乗って、妻と一緒に畑の外から応援です。
そんな息子にも、おばあちゃんは柿を手渡してくれました。
「食べても死にはしないけど、不味いよ〜」と脅かされていましたが、まだ言葉をあまり理解できない1歳の息子はポカン顔。
嬉しそうに柿を抱きしめたり、振り回したり、投げたりして遊んでいました。
最終的には、おばあちゃんの言葉通り、カリッと音がするほどかじりついていましたが、一言「うまー」。
渋柿を渋いまま食べるなんて、大人でもなかなかしたことのない経験だと思います。
小さいうちはなんでも経験が大事です笑
「渋くて泣き出すかな?」と思いましたが、口に入るものは何でも「うま」な息子です。
おばあちゃんも「大丈夫かい?」と心配していましたが、本人はとても上機嫌でした。
娘のなかに芽生えた、小さな自信
おばあちゃんが用意してくれた箱がいっぱいになる頃には、良さそうな色の柿もおおかた取り終えていました。
「続きはまた今度ですかね。」と言う私に、「まだちょっと早かったな。」と少し反省しているように見えるおばあちゃん。
心の中で「確かに去年より2週間も早いですからね……。」と、そのせっかちさに苦笑いしてしまいました。
片付けが終わり、息子は小さな手を振りながら「バイバーイ!」。
娘は「ありがとうございました!」と、大きな声で挨拶ができました。
その様子に、子供たちにとっては、この日の体験が楽しく充実したものだったのだなと察しました。
おばあちゃんは嬉しそうに、「はい、ありがとうね。バイバイ。」と優しく手を振り返してくれました。
家に帰ってからの娘は、まるで別人でした。
収穫した柿をひとつひとつ拭いて、箱に詰めていく作業。
初めは私が拭いて娘が詰めていたのですが、突然娘が「私が一人で全部やる!」と宣言したのです。
きっと、たくさん褒めてもらったのが嬉しくて、自信に繋がったのでしょう。
そのキラキラした目を見て、後の作業はすべて娘に任せることにしました。
社会とのつながりが、ゆるやかな幸福を運んでくる
普段の生活では関わることのない人との楽しい体験は、子どもの世界をぐっと広げ、成長させてくれるのかもしれません。
娘はこれから、ご近所のいろいろな人と関わって、もっともっと大きく成長していくのでしょう。
そして、それは子どもだけではないのだと気づきました。
娘が地域というコミュニティの中で楽しそうにしている姿、認められて自信をつけていく姿を見ることが、親である私の心をも温かい幸福感で満たしてくれました。
この関係を広げたり深めたりしていくことが、このブログで定義している【社会的な幸福】の充実につながるのだと思います。
娘が、家族以外の大人に認められ、自信に満ちた顔で畑を駆け回っている。
妻や息子が、ご近所さんと楽しそうに談笑している。
そんな姿を見守れること。
そして、そんな温かいコミュニティの一員でいられること。
それこそ、私が追い求めている【社会的な幸福】なのだと感じます。
もしあなたが、ご近所付き合いに少しだけ壁を感じているなら、まずは小さな一歩から始めてみませんか?
今回のような特別な出来事がなくても、きっと大丈夫です。
・まずは元気な挨拶から。
・地域の掲示板を少しだけ気にしてみる。
・子どもと一緒に、近所の公園を散歩してみる。
そんなささいなきっかけが、いつか思いがけない素敵な出会いや、心温まる幸福に繋がるかもしれません。
私も初めは挨拶するだけの関わりでした。
それがいつしか、庭や畑を見せてもらったり、おすそ分けしあう関係になっています、
ゆるく、自分のできる範囲で。
そんな社会との関わり方が、私たちの日常をより豊かにしてくれるはずです。
