最近、誰かに心から『ありがとう』と言われるような、温かい体験をしましたか?
以前の私は、「ご近所付き合い」と聞くと、少し面倒なイメージがあったかもしれません。
一人暮らしの頃は、隣に誰が住んでいるかも知りませんでした。
でも、もしそれが、お金では買えない「豊かさ」に繋がっているとしたら……?
デジタルでの繋がりが当たり前になった今、顔と顔を合わせたコミュニケーションは、少しだけ特別なものに感じられることがあります。
今回は、家庭菜園で採れたサツマイモをきっかけに、4歳の娘と私がご近所さんからもらった、ささやかだけれど、とても豊かな幸福についてお話ししたいと思います。
念願だった「お返し」ができる喜び
我が家の小さな家庭菜園で、今年はサツマイモがたくさん採れました。
大小合わせて150本ほど。
家庭菜園初心者の私にとっては望外の収穫です。
実は、私は普段からご近所さんに野菜をいただくばかりで、きちんとお返しができていないことを少し気にしていました。
畑の先輩でもあるご近所さんたちは、本当に色々な野菜を上手に育てています。
それに比べて、私の畑はまだまだ試行錯誤の連続。
「いつもありがとうございます。」と受け取るばかりの日々に、少し申し訳なく思いながらも、「いつか私も、皆さんに喜んでもらえる何かをお返ししたいな。」とずっと静かに燃えていたのです。
そんな気持ちを抱える中、今回のサツマイモはよくできました。
しかも、ご近所の畑を見渡しても、サツマイモを作っている方はいません。
収穫が大変だからか、あるいは熟練の方々にとっては少し物足りない作物なのかもしれません。
だからこそ、先日娘のお友達と芋掘りを終え、泥だらけのサツマイモの山を見たとき、「これだ!やっと皆さんにいつものお返しができる!」と、心から嬉しくなりました。
娘と出かける「おすそ分けの旅」
「ご近所さんにおすそ分けに行ってくるよ。」
妻にそう告げると、4歳の娘が「私も行く!」と元気よく声を上げました。
最近、娘は誰かに何かを渡して喜んでもらうことに夢中なのです。
私たち夫婦も、食卓で「みんなで食べると美味しいからね〜。」とニコニコした娘からおすそ分けをもらうことがあります。
その純粋な気持ちを大切にしたいと思い、娘と2人で「おすそ分けの旅」に出ることにしました。
まずはお芋を袋に詰める作業です。
「小さすぎたり、大きすぎたりすると食べにくいかもしれないから、ちょうどいいサイズのお芋を選んであげてね。」
そう伝えると、娘は真剣な眼差しで一つひとつ芋を吟味し始めました。
そして驚いたことに、「これは佐藤さんので、こっちは鈴木さんの」と、私がまだ誰に渡すか言っていないのに、渡す相手の顔を思い浮かべながら袋詰めをしているのです。
その姿に、娘の中でご近所さんが大切な存在になっていることが伝わってきて、胸が温かくなりました。
旅の目的地は全部で5軒。
ずっしりと重たいサツマイモの袋を前に、「私が持つ!」と張り切っていた娘でしたが、玄関を出た瞬間に「やっぱりパパが持って〜」とギブアップ。
その素直さもまた、可愛らしいものです。
「ありがとう」は、嬉しいけど恥ずかしい? 4歳のはにかみ笑顔
インターホンを鳴らすと、ご近所さんたちが顔を出してくれます。
突然の訪問に「どうしたの?」と驚く方、袋の中のサツマイモに気づいて「あら〜!」と声を弾ませる方、反応は様々です。
そのたびに、娘は道すがら練習してきたセリフを一生懸命に伝えます。
「サツマイモがたくさんとれたので、よかったらどうぞ。」
時には言葉が抜けたり、順番を間違えたりしながらも、その一生懸命な姿に、皆さん満面の笑みで応えてくれました。
「ありがとう」「嬉しいわ、サツマイモ大好きなのよ」という言葉をいただくたび、娘は嬉しそうにするのですが、照れくさいのか体をくねくね。
その表情は「ニコニコ」というより、はにかんだ「ニヤニヤ」といった感じで、見ている私まで幸せな気持ちになりました。
まさかの宣言「もうあげない!」 可愛すぎる本音に思わずほっこり
家に帰ってきてから、この貴重な体験を娘の中で確かなものにしてあげたいと思い、簡単なインタビューをしてみました。
私:みんなから『ありがとう』って言われて、どんな気持ちでしたか?
娘:嬉しかったです。
娘は、先ほどのご近所さんの満面の笑みを思い出したのか、私の目を見ずに、また体をくねくねさせながらニヤニヤしています。
その表情が、何よりの答えでした。
私:また今度も、誰かに『ありがとう』って言われることをしたいですか?
娘:したいです。
私:じゃあ、来年もお芋をみんなにあげたいですか?
娘:……あげたくないです。
私:え!?
突然の予想外の返答に、インタビューが止まってしまいました。
「なんで?」と聞くと、娘がその可愛らしい理由を教えてくれました。
「お芋が減っちゃうから。」
思わず吹き出してしまいました。
そうだよね、自分の大好きなものが減るのは嫌だよね。
そんな正直な気持ちも、とても大切です。
そんな正直な気持ちがたまらなく愛おしくて、私は娘を、まだたくさん残っているサツマイモの前に連れて行きました。
「そっか、うちで食べる分が減るのは嫌だよね。でも大丈夫。見てごらん、まだこんなにたくさんあるんだよ。」
大きな段ボールにパンパンに詰まったお芋を見て、娘は「えー!こんなに?」と目を丸くしながらも、安心したようにニコニコし始めました。
「こんなにたくさんあって、食べきれずに捨ててしまうくらいなら、みんなにあげたいと思う?」
「うん、あげたい!」
最後は少し誘導尋問のようになってしまいましたが、「誰かに感謝される喜び」は、娘の心に確かに刻まれたようでした。
小さな一歩が【社会的な幸福】を育む
親以外の人から、面と向かって「ありがとう」と感謝される。
4歳の子どもにとって、これは本当に貴重な体験です。
そして、この体験ができたのは、私たちがこの地域コミュニティの一員として、普段からご近所さんと良好な関係を築けていたからに他なりません。
今回の出来事は、私たち親子にとって、単なる「おすそ分け」「お返し」以上の価値がありました。
それは、自分が属しているコミュニティの中で誰かの役に立ち、喜んでもらうことで得られる【社会的な幸福】そのものだったのです。
お金やモノでは決して手に入らない、心の充足感。
デジタルなつながりだけでは味わえない、リアルな触れ合いの大切さ。
大げさかもしれませんが、そんなことを改めて感じさせてくれる一日でした。
この記事を読んでくださっているあなたも、ぜひ身の回りの小さなコミュニティに目を向けてみませんか?
この記事を読んで、「うちには家庭菜園なんてないし…」と思った方もいるかもしれません。
でも、大丈夫です。
何も特別なことをする必要はありません。
・いつもの挨拶に、「良い天気ですね。」と笑顔で一言添えてみる。
・旅行に行ったら、ささやかなお土産を渡してみる。
・スーパーで買いすぎたお菓子を「よかったらどうぞ。」と少しお渡ししてみる。
大切なのは、モノの価値や量ではありません。
相手を思うその小さな気持ちの交換が、あなたの日常を温かいものに変えてくれるはずです。
そんな小さな一歩が、あなたとあなたの周りの人の心を温め、お金では買えない【社会的な幸福】を高めるきっかけになるかもしれません。
幸福は、意外と身近なところに、ゆるやかに転がっているものですね。