「最高に幸せなはずの出来事なのに、なぜか手放しで喜べない……。」
あなたには、そんな経験はありませんか?
今日の記事は、「幸せです!」と高らかに宣言できるものではないかもしれません。ですが、幸福を追求するこのブログで、今の私の正直な気持ちを書き記しておくべきだと強く感じ、筆を執っています。
実は昨日、我が家に新しい家族が増えることがわかったのです。
幸せの予兆と、嬉しい報告
ここ最近、妻の体調が優れない日が続いていました。
ずっと微熱が続いているようなだるさがあり、食欲もあまりない様子。
「風邪かな?」
「子どもたちの風邪がうつったのかもね」
などと話していましたが、ついにある日、食べたものを戻してしまうように。
その時、ふと頭をよぎりました。
「もしかして、新しい家族が増えるのでは?」と。
昨日、妻が病院で診てもらったところ、案の定、お腹の中に新しい命が芽生え始めていました。
その報告を聞いた瞬間、もちろん、心の底から嬉しい気持ちが込み上げてきました。
もともと夫婦で望んでのことでしたから、そこに後悔などあろうはずもありません。
「次は男の子かな?女の子かな?」
「名前はどうしようか?」
なんて、自分でも少し浮かれているのがわかるくらいです。
今、こうして未来を楽しみに思えるのは、間違いなく我が子たちのおかげです。
公園で無邪気に笑う4歳の娘の顔や、覚えたての言葉で「パパ!」と駆け寄ってくる1歳の息子の姿。
彼らがくれる、何気ないけれどかけがえのない時間の積み重ねが、「もう一人増えたら、もっと楽しいだろうな」という気持ちにさせてくれるのです。
早く会いたいな、と心から思います。
喜びの裏側で、静かに押し寄せる不安の波
ところが、です。
その嬉しい気持ちと同時に、得体の知れない不安もまた、静かに、しかし確実に押し寄せてきたのです。
この漠然とした不安の正体は何なのか。
言葉にすることで、その輪郭をはっきりとさせ、しっかりと向き合いたいと思います。
不安① 3人になったら、誰かが寂しい思いをするんじゃないか
真っ先に頭に浮かんだのは、「今いる子供2人が、不幸にならないだろうか」という懸念です。
これは2人目が生まれる時にも感じた、はっきりとした記憶のある不安です。
現在、我が家は大人2人に子ども2人。
なんとか大人の手が足りている状態です。
しかし、これが子ども3人になった途端、完全に「手が足りなく」なります。
どうしても、誰か一人は親の目から離れる時間が出てきてしまう。
そんな時、上の子たちが一番下の子に対して「この子さえいなければ」「嫌いだ」なんて思ってしまったらどうしよう……。
そうなれば、上の子たちも、そして生まれてきた子も、誰も幸せではありません。それだけは、何としてでも避けなければならない。
今まで以上に、一人ひとりの子どもと真剣に向き合う時間を作らなければと、強く思います。
不安② 「父親」に「私」が押し潰されるのではないか
しかし、子どもと向き合う時間を考えれば考えるほど、また別の不安が顔を出します。
それは、「自分の時間がなくなること」と、それによって「自分の体調や機嫌に悪影響が出ること」です。
子どもと向き合う時間が増えれば、自分の時間はなくなります。
これは当たり前のことで、それを覚悟の上で3人目を望みました。
それなのに不安を抱くなんて矛盾している、と思われるかもしれません。
ですが、親としての幸せを望むことと、一個人としての不安を抱くことは、決して矛盾しないのだと、親になって初めて知りました。
「親だって、ずっと親でいるのは大変なんだ。」
ストレスが溜まって、無性に甘いものが食べたくなる夜。
でも、子どもに見つかると「ちょうだい!」と駆け寄ってくるので、キッチンで隠れるように早食いしたり、結局我慢したり。
平日をなんとか乗り切り、ゆっくり眠りたい休日。
でも、子どもたちの「パパ、遊ぼう!」という元気な声は、決して拒否できません。
深夜に一人でテレビを見ながらアイスを食べる時間。
週末に誰に止められることもなく時間を気にせず没頭できる趣味。
「個人としての自分」を少しずつ押し殺して、「親としての自分」を演じ続けなければならない時間。
子どもが1人増えるということは、その時間も増えるということです。
そして何より怖いのが、睡眠不足です。
2人の子育てを経験して、私にとって睡眠がいかに重要かを痛感しました。
睡眠が足りなくなると、体調が悪くなるだけでなく、確実に怒りっぽくなります。
頭では「わかっている」のです。
でも、睡眠不足の時の自分は、もはや自分でコントロールできる状態ではありません。
新しい家族が生まれれば、必ずこの睡眠不足の日々がやってきます。
これが、正直なところ怖くてたまりません。
私の不機嫌は、必ず家族の空気を悪くします。
コントロールできない自分のせいで、家族の幸せな時間を壊してしまうのではないか。
それが、今の私の最も大きな不安です。
私と妻、スタートラインの決定的な違い
こんな不安を抱えているのは私だけなのか。
妻に正直に打ち明けてみました。
すると、私と妻の間には、考え方に大きな違いがあることがわかったのです。
妻は穏やかにこう言いました。
「この子はもう、娘ちゃんと息子くんと同じ『家族』だからね。」
妻にとっては、お腹の子はすでに「3人目の子ども」なのです。
考える視点が「2人目までが幸せか」ではなく、「3人をどうやって幸せにするか」になっている。
そして、「一人『増える』から自分の時間が『減る』」のではなく、「子どもたちのために時間を使う」という、ごく自然な感覚なのです。
妻にとって、3人目はすでに「ここにいる家族」。
しかし、私にとっては、まだ「そこにいる、これから家族になる存在」です。
エコー写真を見ても、「へえ、こんなのがお腹の中にいるんだ。ちょっと想像がつかないな。」というのが本音です。
でも、妻は同じ写真を見て、「こんな子なんだね。確かにここにいるよね。」と感じている。
世間ではよく「妻が『母』になるのに比べ、夫は『父親』になるのは遅い。」と言われます。
子どもが大好きな自分は、「世のお父さんたちは無責任だなあ。」なんて、どこか他人事のように感じていました。
しかし、こうして自分の気持ちを言葉にしてみると、私も全く同じなのだと気づかされました。
妻とは、スタートラインが全く違うのです。
不安と向き合い、未来の幸せを数える
妻はお腹の中で、約9ヶ月かけて子どもとの絆を育んでいきます。
その存在を日々感じながら、すでにあの子は一人の家族として、妻の中で育っているのです。
翻って私はどうでしょう。
妻や2人の子どものことは心から心配ですが、お腹の子のことは、どこかまだ他人事。
この感覚の違いを、まずは自分で「受け入れる」ことから始めなければいけないと思いました。
実感が湧かないのは仕方がない。
だとしたら、今できることは何だろう。
それは、生まれてからの不安ばかりを数えるのではなく、生まれてきてからの幸せな時間を想像することではないでしょうか。
4歳の娘は、妊娠の報告をとっても嬉しそうにしていました。
「赤ちゃんが生まれたら、お世話してあげるの〜!」と、ニコニコ、ニヤニヤしながら話してくれます。
その純粋な姿にハッとさせられました。
私も娘を見習って、「あの子にどんなことをしてあげたいか」を考えていきます。
このブログで日々の幸せを数えているように、これからの9ヶ月は、未来の幸せをひとつひとつ数えながら過ごしていきたいと思います。
数年後、この記事を読み返した時に、「こんなバカなことを真面目に考えてたんだな。今はもう、めちゃくちゃ幸せだよ!」と笑い飛ばせる未来が待っていると信じて。
あなたへ
世の中の、今まさに子育てに奮闘しているお父さん、お母さん。
私たちは、喜びと同じくらいの不安を抱えながら、それでも子どもを愛し、日々頑張っています。
それだけで、本当に素晴らしいことだと私は思います。
「親だから」と一人で抱え込む必要はありません。
不安な時は「不安だ」と声に出していいんです。
今回、自分の不安を正直に言葉にしてみて、改めて思いました。
漠然とした不安は、輪郭がはっきりしないからこそ怖いのだと。
もしこの記事を読んで、「この不安、なんとなくわかるな。」と思ってくれた方がいたら、ぜひご自身の不安も紙に書き出してみてください。
言葉にすることで、それは向き合うべき「課題」に変わります。
完璧な親なんてどこにもいません。
嬉しい気持ちと不安な気持ち、その両方を抱えながら、不器用に、でも必死に子どもと向き合う。
それが、私たちのリアルな姿なのだと思います。
ともに親として頑張る皆さん、そしてこれから親になる皆さん。
一緒に悩み、一緒に喜びながら、ゆるく、私たちのペースで進んでいきましょう。
いつかこの記事を、親としての不安を、子どもたちと笑いながら読み返せる日が来たらなんてことを夢見ながら。