子どもの「できた!」という瞬間に立ち会ったとき、胸がじーんと熱くなるような、それでいて少しだけ切なくなるような、不思議な気持ちになった経験はありませんか?
それは、忙しい毎日の中ですり減ってしまった心を、そっと潤してくれる魔法のような瞬間。
今回は、4歳の娘が私にプレゼントしてくれた、そんな「人間関係の幸福」にまつわるお話です。
期待と現実。ホコリをかぶったピカピカの自転車
娘が保育園に入園したとき、記念に自転車を買いました。
お店でたくさんの自転車が並ぶ中、「これがいい!」と娘自身が指をさした、お気に入りの一台です。
自転車が家に届いた日、娘は大はしゃぎ。
リビングの真ん中に置かれた自転車に何度もまたがり、満面の笑みを浮かべていました。
そのニコニコ顔を見ているだけで、「ああ、この子の判断を尊重して本当に良かったな」と、私の心まで満たされたのを覚えています。
お気に入りのヘルメットも見つけ、家の中でもずっとかぶっているほど。
整備のために自転車屋さんに持っていくときでさえ、「私も行く!」とついてきました。
しかし、その熱狂は長くは続きませんでした。
いざ公園で乗ってみると、娘の想像とは少し違ったようです。
ペダルをうまく回せない。
補助輪があっても、ぐらぐらと揺れて怖い。
自分の力ではなかなか前に進まず、すぐに疲れてしまう…。
そんな苦い経験をして以来、あれだけ大好きだった自転車に乗る回数はめっきりと減ってしまいました。
「公園に行きたい!」と娘が言うたびに、「自転車で行かない?」と提案してみるものの、返ってくる言葉は「え〜、歩いていきたい」でした。
なんとか自転車に乗せて公園に向かう日も、結局は私が自転車を支えたり、カゴを押して引っ張ったりするばかり。
「疲れた〜」という娘の声を聞きながら、中腰の姿勢でゆっくりと進む道のりは、正直なところ腰にきました。
親の期待とは裏腹に、子どもの心は移ろいやすいもの。
皆さんも、きっとそんなふうに少しだけ肩を落とした経験はありますよね?
それでも、私がこの不毛にも思える時間を耐えられたのは、「いつか娘が自分で漕げるようになれば、この補助も抱っこも不要になって楽になる」という、ささやかな希望があったからです。
その「瞬間」は、いつも突然やってくる
そんな日々が続いていた本日、まだ歩くだけで汗が垂れてくる夕方。
それは本当に突然やってきました。
なんと、娘の方から「自転車に乗りたい!」と言ってきたのです。
目的地はいつもの公園。
家から300mほどの短い距離ですが、これまでは100mも進めば私の腰が悲鳴を上げていました。
「もしかしたら、もう自分で行けるんじゃない?」 期待を込めておだててみると、娘はこくりと頷き、小さな足でペダルに力を込めました。
「怖い!怖い!」
口ではそう言いながらも、娘は確かに自分の力で前へ進んでいきます。
時々、ペダルの位置を確認しようと下を向いてしまいますが、道のカーブに差しかかると、しっかりと前を向いてゆっくりとハンドルを切っているではありませんか。
あれほど上手に回せなかったペダルも、いつの間にか力強く踏み込めるようになっている。
私が腰を痛めながら補助していたあの日々は、決して無駄ではなかったのかもしれません。
補助輪があっても、まだバランスが不安定で倒れそうになる瞬間はあります。
思わず「危ない!」と手を出そうとした、その時でした。
「大丈夫!」
娘は真剣な顔つきでぐっとハンドルを握り、自力で体勢を立て直したのです。
その姿を見て、私にできることはもう、驚くことだけでした。
「すごいじゃん!いつの間に一人で乗れるようになったの?」
何度目かに差し出そうとした手を引っ込めたとき、私は確信しました。
「ああ、補助輪があれば、この子はもう大丈夫なんだな」と。
親だけの特権。喜びと寂しさの、贅沢な悩み
子どもの成長を実感するたびに感じる、この胸を締め付けるような気持ち。
自分の足で未来へ向かって進んでいくことへの、純粋な「喜び」。
そして、親の手がもう必要なくなることへの、ほんの少しの「寂しさ」。
この二つの感情が入り混じった複雑な感覚は、きっと親にしか味わうことのできない特権なのだと思います。
妻には少し悪いですが、娘の人生における大切な「できた!」の瞬間に隣にいられたこと、この特別な気持ちを味わえたことを、心の底から「良かった」と思いました。
これは、なんと贅沢な体験であり、なんと贅沢な悩みなのでしょう。
娘が本当に独り立ちするのは、高校を卒業するときか、それとも大学を卒業するときか。
少なくともまだ10年以上は先のことです。
それまでの間、この「贅沢な悩み」を何度も味わうために、自分の時間を使っていくのも悪くないな。
娘の成長を見守りながら、そう思いました。
あなたの「幸福」は、どこに隠れていますか?
大切な誰かとの関わりの中で、その人の成長をすぐ側で見守ることができる。
そして、いつか自分の手を離れていくその日まで、そっと背中を押し続けてあげること。
今日はここに、【人間関係の幸福】を感じました。
幸せは本当にどこにでも転がっています。
この記事を読んでくださっているあなたにとっての【人間関係の幸福】は、どんな瞬間に隠れているでしょうか?
特別なイベントである必要はありません。
パートナーが淹れてくれた一杯のコーヒーだったり、友人と交わす何気ない会話だったり、あるいは、お子さんが見せてくれる日々の小さな成長だったり。
ぜひ、週末を使って、あなたの大切な人との時間の中に隠れている「宝物」のような、心が温かくなる瞬間を探してみてください。
そして、見つけたらぜひ、スマホのメモ帳に一行だけでも書き留めておくのがおすすめです。
「息子が苦手なピーマンを一口食べた。」
「夫が黙って洗い物をしてくれていた。」
そんな些細な出来事を言葉にして残すだけで、幸福は記憶に定着し、あなたの毎日をそっと支えるお守りになりますよ。
そしてあなたの幸福を見つける力を高めてくれるはずです。
この一歩はきっと、あなたの毎日を今よりもっと、ゆるやかで温かい幸福に満たしてくれるはずです。