ゆる★うぇるびーいんぐブログ

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【人間関係の幸福】「38.7℃」「最悪だ」から始まった育休最終日が「最高」に変わった理由

育休最後の日。

もしあなたなら、どんな「最高の1日」を計画しますか?

美味しいランチ?

それとも少し遠出してのお出かけ?

昨夜の私もそんなふうに考えていました。

しかし、その計画が朝一番で崩れ去ってしまったとしたら、あなたはどんな気持ちで1日を過ごしますか?

 

今日は、私が1年間取得した育児休業の最終日でした。

「最後の日だから、目一杯楽しむぞ!息子と妻を連れて、どこか特別な場所へ出かけよう!」

そんなワクワクした気持ちで、私は目を覚ましました。

 

しかし、私の計画は、朝の光とともにあっけなく崩れ去ることになります。

 

神様がくれた、計画外のプレゼント

しばらくすると、寝室から息子の泣き声が聞こえてきました。

毎朝早起きの、元気な息子の声です。

 

朝ご飯の準備の手を止め、泣いている息子を抱きしめようと寝室へ向かいました。

しかし、リビングに連れてきても、どうも息子が泣き止みません。

「いつもと違うな」と感じ始めたその時、抱きしめた体からじんわりと熱が伝わってきました。

 

慌てて熱を測ると、表示は「38.7℃」。

ただ、心当たりはありました。

 

先日打ったワクチンの副反応でしょう。

案の定、注射を打った両腕は真っ赤に腫れ上がり、熱をもっています。

病院へ駆け込むほどではないと判断し、今日一日は家で安静にさせることを決めました。

 

この瞬間、私は悟りました。

 

「育休最後の日は、家の中で息子の看病をして終わるんだな」と。

 

いつもなら、予定が崩れてがっかりするところです。

しかし、「今日で、息子とこうして一日中一緒にいられる毎日は終わりか」と思うと、不思議と考え方が変わるものでした。

 

「そうか。今日は一日中、この子を抱っこして過ごそう。目一杯、甘えさせてあげよう。」

 

そう思った瞬間、ふっと心が軽くなりました。

まるで、神様が「育休の最後くらい、どこにも行かずゆっくり息子と過ごしなさい」と、この時間を与えてくれたような気さえしてきたのです。

 

「今日はどこにも行けないね。」

と一緒に苦笑してくれた妻にも感謝です。

気持ちを共有してくれる人が近くにいる。

妻が代弁してくれるだけで、自分の気持ちを整理でき、さらに私の考えを肯定してくれたような気持ちになりました。

 

そうと決まれば、息子との育休最後の1日を楽しむしかありません。

 

抱きしめているのか、抱きしめられているのか

朝ご飯を終え、8時過ぎには息子と朝寝を開始です。

熱い体と、潤んだ瞳。

苦しいのか、私にすり寄ってくる息子の体を優しく撫でながら、この愛おしい瞬間そのものを抱きしめるように、私も一緒に眠りにつきました。

 

その後も、熱のせいで眠りが浅い息子が目を覚ますたびに、抱きしめ直します。

 

朝寝から覚めても、ずっと機嫌は最悪。

抱っこから降ろそうものなら、火がついたように泣き出してしまいます。

おかげで、おちおちトイレにも行けません。

 

それでも、いつもなら「またか…」と煩わしく感じてしまうこの泣き声が、今日は「パパ、ここにいて」と私を呼ぶ、幸せな声に聞こえました。

 

昼ご飯を食べた後も、すぐに二人でお昼寝です。

布団の中でまどろみながら、腕の中で眠る息子の寝顔を見つめて考えます。

 

「この最高に幸せな育休という時間をくれたのは、この小さな甘えん坊だったんだな。本当にありがとう。」

「パパは明日から仕事で、一緒にいられる時間が減る。だから、あまりママを困らせるんじゃないぞ。」

 

人は、終わりが来たり、失ったりしてから、その大切さを噛み締めることが多いのかもしれません。

 

普段の私なら、息子のぐずぐずに対して

「ああ、今日も畑仕事に行けない……。」

なんて、自分の都合ばかり考えてうんざりしていたでしょう。

それなのに今日は、その声が、その重みが、どうしようもなく愛おしい。

 

明日が不安だという私の気持ちが伝わってしまったのかな?

そのせいで息子も不安になってしまっているのかな?

そんなふうにも考えました。

もしかしたら、明日が不安でたまらない私を、息子なりに安心させようとしてくれていたのかもしれませんね。

 

そう思うと、私が息子を抱きしめているのか、それとも、この小さな命に私が抱きしめられ、慰められているのか、わからなくなるほどでした。

 

「今」は未来からの贈り物

もしかしたら、私たちが必死に生きている「今」この時間は、未来の自分から見たら、喉から手が出るほど取り戻したい、かけがえのない幸せな時間なのかもしれません。

 

育休最終日という、もはや二度と取り戻せない時間の中で、私はそんな当たり前の真理を学びました。

 

もちろん、過ぎたことを悔いても仕方がありません。

大切なのは、これからどう生きるかです。

明日からの仕事の中でも、「今」この瞬間を大切に味わって生きていきたいと思います。

 

それが、1年前に生まれてきてくれた、この小さな命が私に教えてくれたことなのですから。

 

この記事を読んで、あなたは何を感じましたか?

もしかしたら、あなたの日々も、仕事や家事、育児に追われ、あっという間に過ぎ去っているかもしれません。

 

でも、少しだけ立ち止まってみてください。

 

○パートナーが淹れてくれた、朝のコーヒーの香り

○子どもの、今日の出来事を夢中で話す瞳

○友人からの、何気ない「元気?」というメッセージ

 

そんな当たり前の中にこそ、【人間関係の幸福】は隠れています。

 

完璧な一日じゃなくていいんです。

予定通りにいかなくてもいいんです。

 

ぜひ、今日の終わりに一つだけ、あなたにとっての「今日の小さな幸福」を見つけてみてください。

そして、もしよろしければ、コメントでそっと教えていただけると嬉しいです。

 

この記事を最後まで読んでくれたあなたの「今」が、もっと愛おしく、さらに幸せなものになれば、私も嬉しいです。