仕事以外に、時間を忘れるほど熱中できるものはありますか?
私のブログでは、幸福を5つに分けて考えています。
その中の一つが、仕事や趣味など、自分が心から熱中できる物事に関する【キャリアの幸福】です。
今回は、私の【キャリアの幸福】の源泉である「家庭菜園」で起きた出来事をお話しします。
それは、失敗から偶然生まれた、最高の体験でした。
今日の夕方、もう4時過ぎなのに日差しはまだまだ強くて、水やりのしぶきがかかると気持ちが良いぐらいでした。
保育園から4歳の娘が帰ってきました。
そのほっぺたは夏の暑さにやられて真っ赤です。
娘は水やりをする私の足元へ駆け寄り、キラキラした目で私を見上げながら言いました。
「パパ、トウモロコシご飯食べたい!」
我が家の小さな畑では、ちょうどトウモロコシが育っている最中です。
娘のリクエストに、私は「よしきた!」とばかりに張り切って水やりのホースを片付けました。
「ひげが茶色くなっているのが、食べてもいいやつだよ。」
なんて解説をしながら、娘と一緒に食べごろのトウモロコシを物色します。
確かに、ひげが茶色くなっているものはたくさんあります。
しかし、どうも実の膨らみが足りないような…。
「うーん、今日はまだ少し早いかもしれないなぁ」
私がそう言うと、娘は諦めきれない様子でくちびるを尖らせます。
どうしてもトウモロコシを食べたいのか、
「これとか、いい感じじゃない?」
と、こちらのご機嫌を伺うようなニコニコの上目遣いで、一本のトウモロコシを指差して主張してきました。
せっかくの収穫体験。
たとえ少し早くても、娘のこのワクワクを大切にしたい。
そう思い、「じゃあ、これを一本採ってみようか」と提案しました。
「やったー!わたしがとる!」
娘は満面の笑みで駆け寄り、小さな体でトウモロコシの茎にしがみつきます。
そして、全体重をかけて「ベキッ!」。
見事に収穫成功です。
早くトウモロコシを確認したいと、さっそく皮を剥こうとする娘。
一緒に皮を剥いて中身の確認です。
このとき、私の頭の中には2つの願いがありました。
一つは、虫がいないこと。
自分で収穫したトウモロコシをテンション高く剥いたら、中からイモムシが…なんてことになれば、娘にとってトラウマ必至です。
そしてもう一つは、中身がちゃんと黄色くなっていること。
粒が白いまま中身がスカスカで、乾燥したように小さいまましおしおだったら落胆することでしょう。
結果は…セーフであり、アウトでした。
幸い、虫はいませんでした。
心からホッとしました。
娘のトウモロコシ愛は守られました笑
しかし、中身は…まだ真っ白で、粒も小さいまま。
正直、これは調理しても美味しくないだろうし、食べ応えもないでしょう。
「あー…白かったねぇ」
私の言葉に、娘は目に見えてがっかり。
「残念だね…」とつぶやき、肩を落としてトボトボと家に向かって歩き出してしまいました。
その小さな背中に、なんだか胸がチクッとしたんです。
このまま「残念だったね」で終わらせていいのか?
いや、ダメだ。
「トウモロコシご飯を食べたい!」と言った楽しそうな娘を救いたい。
そんな父としての意地が、私の頭をフル回転させました。
そして、ひらめいたのです。
テレビ番組で、農家さんに取材に行ったリポーターが、採れたての野菜にそのままかぶりついて「おいし〜!」「あま〜い!」とやっているのを見たことはないでしょうか。
あれだ!
収穫した人だけが味わえる、あの特別な体験を娘にもさせてあげよう。
料理できないなら、いっそこのまま食べてみよう。
そう考えを改めたのです。
それに、正直、私自身も本当に美味しいのか気になっていました笑
「ちょっと待って!」
私は娘を呼び止めました。
「このトウモロコシ、これじゃあ料理できないし…このままかじってみない?」
普段なら絶対にできない提案に、娘は驚いたように振り返ります。
そして、一瞬で笑顔になると「たべるー!」と元気よく走って戻ってきました。
とはいえ、味が心配です。
まずは父が毒味。
恐る恐るかじりつくと……、
「あま〜い!!」
自分でも驚くほど、テレビ番組さながらの声が出てしまいました。
茹でたものとは全く違う、濃厚でジューシーな甘み。
そして、段違いなプチプチとした粒の食感。
茹でると水分と一緒に甘みも飛んでいってしまうんだな、と実感しました。
「はやく、はやく!」と、娘が私の手からトウモロコシをひったくります。
そして、小さな口でかじりつき、「おいしー!」と満面の笑み。
そこからはもう、娘と競うように夢中で食べ続けました。
手がベタベタになるのも気になりません。
失敗作だったはずの一本のトウモロコシが、私たち親子にとって忘れられないご馳走になった瞬間でした。
「ああ、こういう瞬間のために家庭菜園をやっているんだな。」
畑の恵みが家計を助けてくれる(経済的な幸福)という以上に、時間を忘れて夢中になれるこの時間(キャリアの幸福)、そして娘と笑い合うこの繋がり(人間関係の幸福)が、私の人生を明るく温かいもので満たしてくれる。
そう実感した瞬間でした。
家庭菜園をやっていなかったら、こんな体験はできなかったでしょう。
私が30年以上生きてきて初めて体験したことを、4歳の娘はもう体験しました。
これから先、私よりもたくさんの豊かな経験を積んで、幸せな人生を歩んでほしいと心から願います。
こうした体験を重ねているからか、娘は畑の知識が他の4歳児より多い気がします。
それも、本で読んだ知識ではなく、体験から得た生きた知識が。
うちで育てている野菜は苗を見ただけで全て言い当てられますし、よそのお宅の畑を見ても「あ、ナスだ!」「ピーマンだ!」と見つけることができます。
昨年、枝豆の収穫がよほど楽しかったのか、4歳にして「今年は黒豆を育てたい」と言い出したのには驚きました。
イチゴの苗が「ランナー」というツルを伸ばして勝手に増えていくことも知っています。
自分で採った野菜は、本当によく食べます。
失敗したトウモロコシだって、最高に幸せそうに食べていました。
こういう体験の積み重ねが、娘の人生を豊かにしていると確信しています。
そして、その豊かさは、私や娘だけでなく、家族全体に広がっている気がします。
今年は借りた畑が広すぎて、家の周りのほんの小さな家庭菜園畑まで手が回らないため、ミニトマトの世話を妻にお願いしています。
妻も、ミニトマトの成長を日々楽しみにして、水やりに草取り、脇芽をとったり肥料をあげたりもしています。
そんなことをする中で、何か新しい発見があったり、人生が少しでも豊かになったりしたら、こんなに嬉しいことはありません。
何はともあれ、家庭菜園は、経済的に助かるだけでなく、一つのイベントであり、食への感謝を育む場でもあります。
そして何より、自分だけでなく、家族にも豊かな体験を与えてくれる最高のエンターテイメントです。
これからも親子共々、家庭菜園にどんどん熱中していくでしょう。
私に幸福感を与えてくれるこの「熱中できるもの」こそが、まさに【キャリアの幸福】そのものだと感じています。
この記事を読んで、「ちょっといいな」と思ってくださったなら、まずは小さな一歩から始めてみませんか?
いきなり畑を借りるのはハードルが高いかもしれません。
「虫が苦手」「すぐ枯らしちゃいそう」、そんな心配もありますよね。
でも大丈夫。
まずはベランダのプランターで、ミニトマトやハーブを一鉢育てることからなら、気軽に始められるのではないでしょうか。
水やりをする時間、日に日に大きくなる実を眺める時間。
そんな穏やかな時間が、きっとあなたの日常に小さな幸せを運んでくれます。
時には失敗することもあるでしょう。
でも、我が家のトウモロコシのように、その失敗すらも「最高の思い出」になるだけでなく、「新発見」や「未知を既知にする喜び」に変わるかもしれませんよ。